【Think clearly】より良い人生を送るための指針【本要約】

読書

久しぶりに実家に帰省して読書をしていたら、時に「この本、あの時はあまり響かなかったけど、今読むと学ぶものが多いな」と感じた。

そのうちの一つがこのThink clearlyという本。

いわゆる自己啓発本というやつで、書店で見たことのある人も多いのではないか。

今回は私がこの本の中から特に学びとなったものをピックアップして紹介していく。

良いアイデア考えている時ではなくは行動している時に浮かぶもの

文章を書いていて、アイデアが浮かばない。

無から有を生み出す際にアイデアが必要となるが、それが思い浮かばずうんうんと唸って考える経験が皆さんにもあるだろう。

しかし、残念ながらアイデアというのは頭の中で考えている最中ではなく、とにかく行動をしているうちに浮かんでくる者なのである。

これはなぜかというと、頭の中で考えたところで、所詮はそれは空想に過ぎず、実世界では何の影響もしないからで有る。

それに対して、アイデアも何も浮かばないけどとりあえず行動してみる。

すると、頭の中だけでは考えもしなかった経験に巡り逢えて、それによってアイデアが湧いてくる。

また、私たちはアイデアを出そうと頭だけで考えている時、実は何も考えていないことがほとんどである。

考えているのは楽だ。あれこれと頭の中だけで考えているフリをして、アクションは何も起こさない。

しかし、行動するのはなかなか勇気がいる。

人生において、自分が何がしたいか、何を求めているかを知るには何かを始めてみるのが一番だ。

アイデアを出すことだけに限らず、人生のあらゆる局面において、頭の中で考えることは時間の無駄でしかない。

多くの人は「考える→行動」という順番をとるが、本来は逆なのである。

「行動→考える」、または「行動しながら考える」が、より良い生活を送る上で正しい順番なのだ。

知識の錯覚

私たちはみな、何か物事についての説明を求められるまで、その何かについて「比較的多くのことを知っている」と思い込んでいる。

そして説明をしようとして初めて、自分の知識が不完全で有ることに気づく。

大学受験においても、模擬試験では解けた数学の問題が、本番では少し数字が変わっただけで太刀打ちできなくなる。そんな経験はないだろうか。

これは、ただ問題が解けてわかった気になっただけであり、表面的な解法を身につけただけであり、その根っこにあり原理原則の理解をしていないということである。

このように、私たちはまるで、自分のこと、他人のこと、身の回りのことについて全て知っているような態度で生活している。

自分の意見は周りの影響を基にできている

私たちは、所属している社会集団(友達、学校、会社などの組織やコミュニティ)のメンバーの影響を強く受ける。

価値観、意見、ノリ、その他様々なものをその集団内で共有して影響し合っている。

それ自体は自然な流れなので結構なのだが、この他人の影響というのは時に恐ろしいものとなることがある。

それがイデオロギーである。

イデオロギーの恐怖

イデオロギーというのは簡単にいうと、宗教的な強力な思想のことである。

これが集団内で共有されると、私たちは思考停止し、短絡的行動をとることになり、自分という存在が消え去ってしまう。

どれだけ共感できる理念や教義があったとしても、そこに傾倒しすぎるのは良くない。

日本には同調圧力という強い集団内の空気があるが、それも時としてイデオロギーに変わる危険性がある。

家族、恋人、友達などのクローズドな関係から、学校や会社などの規模の大きい組織まで、イデオロギーは潜んでいる。

それは破滅へと導く悪魔である。

どこにも属さない部外者こそ変革を起こしてくれる

ほとんどの人は学校や会社などのコミュニティに属している。

このような社会的つながりは、私たちのニーズに沿うように作られており、その中で快適に活動して、心地よく過ごすことができている。

しかし、世の中にはどの組織にも属さない人というのが一定数存在する。

そのような人は周囲からは奇異な目で見られ、実際変わり者も多いだろう。

しかし、そういう人たちの中からは、たった一人で世界に変革をもたらす人物が時に現れる。

学問、芸術、経済など、どんな分野においても、「どこにも属さない部外者」が起こした変革は実際に多い。

それはなぜか。

彼らのような人たちは組織に属さないため、外から組織を俯瞰することができる。

組織の外にいると、中にいる人は気づかないような欠点や矛盾がよくわかる。

また、組織内の価値観や視点に捉われることもないので、自分だけのものの見方というものが構築されていく。

これに関しては、私も共感する部分は多く、高校を中退した時、今の学校教育の問題点がいやというほど浮かび上がってきたし、

組織内の価値観に染まることもなかったので、先入観や偏見なしに物事をフラットに捉えられるようになったと思う。

まぁ、何の組織にも属さない孤独な人間になると生きるのが辛くなって冷静な思考ができなくなるので、完全に社会から孤立して生きるというのはオススメしない。

過去が不幸だとしても今も不幸でいる必要はない

過去に辛い経験をしたり、それによって今でもトラウマを抱えている人は、幸せになるのが怖い。

なぜなら、過去が不幸だったために、幸せという未知の世界に対して不安があるからである。

「幸せになるのが怖い」という感情を持つのは、過去に傷をついて、その傷が今でも言えていない証拠である。

心の傷というのは簡単には消えない。

しかし、「過去が不幸だからといって、今も不幸である必要はない」と著者は言う。

私はこの言葉に救われた。

過去の経験を引きずってしまうのはわかるが、もう少しここまで頑張ってきた自分を労ってあげてもいいのではないだろうか。

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