生きるのが面倒くさい人の特徴と、その対処法は?【回避性パーソナリティ】

読書

人生のあらゆるタスクが面倒だと感じるこの頃。

まさに私にピッタリの一冊を見つけたので、今回はこの本を書評していこうと思う。

生きることは面倒くさい

生きるのが面倒くさいと感じている人は、ひたすら傷つくのが怖い。

例えば、学校に行くのが面倒な人がいるとする。

多くのケースにおいて、学校が面倒だと感じる本当の理由は、朝起きられないからとか、授業がつまらないなどという簡単な話ではない。

学校をストレスに感じ、それに見合う報酬が得られない負の条件付けが重なった結果なのだ。

私の場合は、クラスで孤立して、これ以上教室にいるのが苦痛に感じて、周囲から陰口を言われたり白い目で見られるのが怖くて結果的には高校を退学した。

このように、生きるのが面倒くさい人は、過去の失敗経験から、「何をやってもどうせ失敗するだろう」という思い込みが常にある。

だから、失敗して傷つくくらいだったら何もしない方がいいだろう。そのほうが楽だから。

また、このような人々は人に助けを求めることもしない。

助けを求めるよりは自分でやる以上に面倒だと感じる。

人に頼ったり相談するためには、人と顔を合わせて、言葉をかわして話をしなければならない。

まずそれ自体が面倒くさい。

さらに、自分の弱みや悩みを打ち明けて、内情を話さなければならない。これもまた面倒。

というのも、生きるのが面倒くさいと感じている人は、他人はどうせ自分なんか助けたくないだろうと思っているのだ。

生きるのが面倒な人の特徴

生きるのが面倒くさい人は、親友や恋人などのパートナーに対しても、自分の気持ちを抑圧しがちになる。

本音を言うと相手に嫌われてしまうんじゃないかという恐れが、自己主張することにブレーキをかけてしまうのだ。

自分の気持ちや考えなどとるに足らないもので、相手に聞いてもらうほどの価値はないと思って、口に出さないまま飲み込んでしまうことも多い。

そして自分の気持ちを抑圧した結果、メンタル不調になって人生が辛くなり、更に無気力になる。

人間関係

また、人間関係においても非常に消極的である。

このようなタイプの人は顔を合わせる事自体が面倒なので、わざわざ人に会いに行こうとはしない。

相手からの誘いには応じても、自分からも誘ったり、電話をかけたり会いに行くようなことはしないことが多い。

そして相手が働きかけるのをやめてしまうと、急速に交流も途絶えてしまうのだ。

気持ちをわかってもらった経験がない

生きるのが面倒くさい人は、人に理解してもらうことを諦めている。

人に何かを求めてもどうにもならないと悟ったがゆえに、求めることを諦めている。

だから、求めないことが安心で幸せなことだと本人は思っているだろうが、これほど悲しいことはない。

彼らは、誰も好きで求めなくなったのではない。求めても応えてくれないから、求めるのを諦めただけなのだ。

幼少期の育った環境

こうした性格になったのは、幼少期に育った家庭環境なども大いに関係してくる。

子どもの気持ちや都合に関係なく、親が一方的に世話や期待を押し付けたケースだ。

親子の愛情というのは、子どもが求めれば応えるという応答性の上に成り立つ。

求めてもいないのに、手出し口出しをするのは、親は子どもにとって安心できる存在ではなくなってしまう。

また、親が一方的に手出し口だhししていると、子どもは主体性を損なわれて、無気力になりやすくなる。

恥やおそれから脱却して自由になる

このように、生きるのが面倒くさい原因には様々なものがあるということがわかった。

彼らの面倒臭さの根底には、「自分を、他人の評価に耐えられない、蔑まれ、嫌われても仕方がない存在とみなしてしまう自信のなさ」がある。

自分を劣った存在とみなし、相手の視線や評価にさらされることに気後れするので、相手と直面することを避けようとする。

相手と真正面から向き合うことができない。どうしても中途半端になってしまう。

そして相手からは「なんでこんなに突き放すのだろう、距離があって寂しい」と感じられてしまうのだ。

自由への道

自分が理想とすることにこだわり、なにか違う気がすると、違和感の方に目を向けてしまい、結局動かないというのが、生きるのが面倒くさい人の思考パターンである。

そこから抜け出すためには、「とりあえずできることをやってみよう」、「来た話に乗っかってみよう」としたときで、道草に思えることも試していくことである。

そこから思いがけない可能性が開けていく。

いずれ私達は年老いて死んでいき、土に帰っていく。

人にどう思われる下を気にして、遠慮する必要などない。自分の意志で自分が行きたい人生を生きれば良いのだ。

案外、他人は人のことになどかまっていないし、自分はこうしたいとハッキリ意思を持った存在には一目をおいて、道を開けてくれるものである。

世の中はそこまであなたに対して意地悪をする人ばかりではない。

大事なのは、自分はこうすべきだではなく、自分はこうしたい、こうなりたいという自分の意志を明確にして、それを恥ずかしがらずに周りに伝え、勇気を出して行動を起こすことなのだ。

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