「あ、コイツ頭が良いな」と思う人間の特徴4選

人生論

今回は、「頭が良い人ってどんな人か?」というテーマについて語っていこうと思う。

私たちはしばしば頭が良いと思われる人に対して、「あの人みたいになりたいなあ」と思うことがあるが、そのような人に共通する要素というのは何だろうか。

また、頭が良いということは必ずしも良いことなのだろうか。

今回は私が個人的に頭が良いと思う特徴を列挙して、その頭の良さが幸福とどのように結びつくのかを考察してこの記事を〆ようと思う。

それでは本題に入る。

特徴1:特定の事物に執着しない人

まず頭が良い人の一つの特徴は、特定の事物に執着しないことである。

頭が良い人は、人生における特定の要素だけに振り回されない。

例えば恋人。特定の異性と愛を育み、この世で一番好きだと思えるような人がいたとする。

その人との関係が壊れると、多くの人々は深い悲しみを感じて、無気力になったり、人生へのモチベーションが失われ、最悪の場合は自殺する人もいる。

しかし頭が良い人は、すでに失ったものに執着しないので、悲しみに暮れることはあれど、そこで人生へのモチベーションが失われることはない。

彼らは、特定の事物に執着することが無意味で不幸につながるものだと知っている。

そして彼らは興味の幅が広く、多趣味であることが多いため、恋人という「心の拠り所」を一つ失っても、読書、スポーツ、家族、友人との談笑など、他の拠り所があるため、精神的ダメージが少ないし、いついかなる時も楽しそうに見える。

頭が良い人というのは、勉強ばかりしていて、いつも真面目なかおをしているイメージであるが、私からすると「勉強ばかりしている人=頭が良い」ではない。

勉強ばかりしていると、視野が狭くなり、より執着が強くなる。

外界への興味の幅を広げ、多様な経験をすることによって、情緒が磨かれ、柔軟かつ豊かな思考をすることができるのだ。

創造的な思考をするためには、無意味なことが必要である。詳しくは以下の記事で解説しているので気になる方は是非。

特徴2:理解のスピードが速い人

頭が良い人は、新しい情報や概念を素早く理解することができます。

相手が使った言葉、文脈の意味を瞬時に感覚的に理解して、「つまりこれってこういうことだよね。」と平易な言葉で噛み砕いて説明できる。

これは、彼らが論理的思考に長けていて、相手の使う言葉がどんな意味を持つのか、どんな意図を持って使われているのかを理解できるからである。

私が受験勉強をしているとき、同じ年齢で恐ろしく学力の高い人がいた。その人は別に毎日何時間も勉強しているわけではなかった。むしろ2~3時間程度と私の二分の一の時間しか勉強に費やしていなかった。

その人は、恐ろしく理解のスピードが早かったのだ。

このように理解のスピードが速い人は、複雑な問題を短時間で解決する能力を持っている。

複雑に絡み合った糸をほどくように、適切な手順で適切なやり方で解決できる。

これによって、彼らは人よりも迅速に行動し、優れた成果を出すことができるのだと思う。

勉強の要素には大きく分けてインプットとアウトプットがあるが、頭が良い人はインプットの質が段違いで良いのだと思う。

理解というインプットの段階を一瞬で終わらせることができるので、その分アウトプットという「知識を自分の血肉としていく作業」に時間を割くことができる。

特徴3:人の求めているものが分かる人

次に、個人的に頭が良いと思う人の特徴は、「相手が何を求めているのかが分かる人」である。

巨万の富を築いている経営者や、コミュ力が高くて人望が高い人などはコレに当たる。

彼らは鋭い洞察力を持ち、相手の感情やニーズを的確に掴む事ができる。

これによって、彼らは他人とのコミュニケーションを円滑にし、信頼関係を築くことができるのだ。また、ビジネスの世界では、この能力が敏腕経営者として成功するために必要不可欠である。

人の求めているものが分かる人は、それを提供することによって相手から感謝されるし、対価としてお金をもらうこともある。

人からの信頼やお金というのは、より良い人生を送るために非常に大きなパワーとなるだろう。

特徴4:頭の良さは「知識の多さ」ではなく「思考の深さ」にある

ここで読者に問いたい。読者の皆さんは、「頭が良い人」というと、どのような特徴がまず思い浮かんだだろうか。

多くの人は「物知りだ」「知識が多い」など、単純な知識量の多さが思い浮かんだのではないだろうか。

もちろん、知識の量というのは多ければ、少ない人と比べて多様かつ深い議論が展開できるし、人生における成功を掴むチャンスが増えることも間違いない。

しかし、知識の量よりも重要なのは「思考の深さ」である。

どれだけ、知識があっても、それを有機的に結びつけて、自分または他者にとってより良い思考につなげていく力がなければ、知識というのはただのガラクタにしかならないからだ。

たまに、「学校で勉強することなんて社会で使わない。」という発言を聞くことがあるが、この発言の背景にあるのはこれである。

知識を身に着けたとしても、それがより良い思考につながる見通しが立たないのだ。
つまり、学校の勉強をガラクタ集め作業としか思えないということだ。

コレが正しいか間違いかというのは置いておこう。ただ、私はガラクタのように思える知識でも、絶対に後からそれが何かしらの知識と結びつき、より良い思考を産んでくれると信じている。

頭が良い人は、与えられた情報を分析し、独自の視点から生産的に物事を考えることができる。彼らは疑問を持ち、自ら考えることによって新たな発見をし、成長していくのだ。

さいごに:頭の良さは人生の幸福度と結びつくのか

最後に、頭が良い人の特徴と人生の幸福度の関係について考えてみよう。

頭が良い人は、人より優れたその思考力や精神力で、自己成長や達成感を得ることができ、より充実した人生を送ることができるかもしれない。

実際、高い能力を持って生まれた人は、多くの称賛を受け、困難にぶち当たっても乗り越えられる可能性が高い。

しかしながら、頭が良い人が幸福であるかどうかは、個人の価値観や幸福の定義によって異なる。頭が良いからといって自動的に幸福になれるわけではない。

幸福は、人それぞれが求めるものであり、頭の良さだけではなく、他の要素も含めてバランスを取ることが重要だ。

人より優れた頭脳を持ったために、他者に共感できず、円滑にコミュニケーションが取ることができず孤立して、そのまま死んでいった天才たちも過去にはいる。

つまり何が言いたいかというと、「人より優れた能力を持つということは、人とわかりあえなくなるということでもある。」ということである。

頭の良さを持つことは素晴らしいことですが、最も大切なのは自分自身が幸せになることである。そのことを忘れず、自分の持つ能力を発揮できる環境を見つけるということをまずはしてほしい。

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